あくびのくらし

1人称じゃない、毎日のくらし
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マタニティ操体
マタニティ操体
細川 雅美編著 / 稲田 稔編著
東方出版 (2007.2)
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グレイの猫さんへ
 あなたと別れて1週間も少し、が過ぎました。
さっき、里親さんの知人で私のお友達でもある人から、あなたの近況が来ました。なんでも、先住の子猫の保母さんやってるんだって?
 あなたの毛並みはとても綺麗で暖かいから、子猫ちゃんは、あなたをお母さんだと思って、ずっとくっついたり、一緒に寝てるんだろうね。
 子猫を可愛がってる優しいあなたを思うと、とてもホっとするよ。
 名前も変わったのね!
 モコちゃんって言うのね。フワフワなんてのより良いじゃない。
 あ、でも1つ気になったんだけど、里親さんの飼い主さんとはまだ、一線引いてるんですって?
 良いんだよ。ゆっくり慣れようね。大阪と長野では、気候も大分違うし、そちらのおうちも、うちの「猫のひたいほど」から比べると大分と大きいし、賑やかだもんね。
 でも、皆、あなたのことが大好きだからね。安心出来るってすぐわかるよ。

 あなたを「一時預かり」として、飼い始めたきっかけ・・いまとなってはよくわからない。
 あなたがいたマンションの下には他の猫もいたことがあるんだ。でも「自分の家に連れて来る」なんて、あなたが初めてだった。
 最初見た時から「ひとめぼれ」っていうのかしら?ピピピって来たの。あなたは、階段に手をかけてこっちを見て、目をクルクルって動かして、とても可愛かった。1週間、ずっと祈ったよ。「どうかあの猫が誰かにもらわれていますように」でも、いつもあなたはマンションのロビーにいた。
 あなたに会う少し前、なぜかわからないけど「グレイ」のものがとっても気になったんだ。今年はグレイのセーターでも着てお洒落しようかな、なんて呑気に考えてた。すると、グレイのあなたが来たじゃない!
 一緒に暮らし出して、最初はあまりにも大変だったから、「早くいなくなっちゃえ」なんて思っちゃった時もあった。それに私はあんな小さなおうちに住むような生活しか出来なかったから、到底あなたを幸せにするのは無理だと思った。日中はお仕事に行かなきゃいけないし、その間はあなたは一人だし、なんかあったら、って毎日ハラハラしながらおうちに帰ってたんだ。
 でもあなたは少しの悪戯をのぞけば、ちゃあんといい子で毎日待っててくれたね。ご飯もすごくたくさん食べて、遊ぶのも大好きだった。
 もしかしたら、ずっと一緒に暮らせるチャンスが来たりして・・なんて思った。でもね、「いなくなっちゃえ」と一回でも思った自分を私は許せなかったし、責任を持って飼うのはむつかしいなとも思ったの。
 そして、今あなたがいるおうちに里親の話が決まった。この時ほどうれしいことはなかったよ。やっぱり、あなたはラッキーガールだ!幸せになれますように会議を、あなたと寝る前毎日してよかった!ってすごく思った。
 毎晩、一緒だったね。私が台所で煙草を吸って、本を読んで、二人でクリスマスナンバーを聞いて、あなたは暖房が一番当たるプリンターの上で寝そべって、私がキスすると、満足そうに口角を上げていた、そんな時間、すごく幸せだったよ。
 あなたは「気」を感じる動物だから、12/30のさよならも薄々わかってたと思う。私は一瞬一瞬を生きているあなたが心底、うらやましかったの。

 お互い、幸せになろう!幸せって楽チンだと思うよ。今あるここ、は私たちの為にあるんだ、って気づけば、前より幸せになるんだよ。

 ありがとう、ずっとずっと、大好き、そして愛しているよ。
amor | 22:46 | - | - | pookmark
幸せをかみしめて・・・2007/8/6
 久しぶりにママンから電話。「最近セミをよく採ってるの。訓練なのよ」
「え?なんの訓練か」
「パ、と取れる訓練」
 リハビリか、自分の瞬発力の確認なのか。幹で声の限り鳴いているセミめがけてジャンプしている初老のママンを思うと、ひたすら、おかしかった。
 
 忘れている。今、の私がどうして元気に生きているのか。かみしめる。今日がなんの日なのか。
 忘れてはいけない。忘れたくない。私の記憶にはないけれど、今日のこの日。
amor | 23:58 | - | - | pookmark
 愛していたものがあった、と感じるのは怖ろしく、そして小さな自分であることを感じさせる。
 
 私はアーケイドをアテもなく歩いていた。母の日の前。百貨店の前に立ち並ぶ花屋の群れ、つい立ち止まる。
 ある企業が開発した「紫のカーネイション」あまりに美しく見惚れていると、4日前に旅行した彼女のことが浮かんだ。
 旅行前、私は彼女と旅行するのに一抹かの不安を覚えていた。私と違い、他の知人らは「いいわね、楽しんできて」と無責任だと思える言葉を吐いた。私は小さくその人たちを呪った。
 よいですか。私は自分の原点を作りえた、彼女のやり方を知ってしまったんだ。そんな人と3年近く追い出されたに近い共同生活を破棄され、ずっと私は1人で孤独を耐えるかのよう生きてきたのよ。
 楽しい旅行でなんか、あるはずはない。終わった瞬間、私は心底疲れ、二度と一緒に旅行なんかしたくない、とののしるであろう。

 旅行は彼女の叫びから始まった。私が乗る電車を誤り、時間を遅れさせたことが原因だ。
「どこにいるの!?時間は大丈夫なの!?」
 私はしたうちした。やっぱりか。これは私の人生へのトレーニングだ。私はここでも通常通り、呼吸し、自律神経を平静に保ち、頬骨に笑顔を浮かばせないといけない。
 旅行地は私が長い間親しみ、私が日本でもっとも愛しているところだ。季節は春の訪れの時期で、鳥は歌い、木は成長の時を迎え、風は優しく凪っている。友人らも私と彼女の来訪をねぎらい、暖かかった。
 いつものとおり、私はこの地に訪れた事を感謝した。そして、自然の畏敬によって与えられるたやすく小さいけれど愛すべき衝動的な感動を味わっていた。しかし今回、それは自分ひとりのものではなかった。
 私が染み入っているものを共有している人が横にいた。3日間、ずっと私の横にいた。私は経験したもの、そして今回初めて知ったもの、それに同じように、いや全く同じであろう、溢れ出る感情の揺らぎを共にしていた。
 心の同胞はすぐ横にいた。
 終わりのとき、3日間が過ぎるのは早く、旅の疲れも感じたが、私は満たされ、又このような時間を与えられることを祈った。

 母の日の花は売られる事を待つに過ぎない。しかし活き活きとあの3日間を映し出してくれた。
 出来る事なら「ブルーベリー」か「さくらんぼ」を彼女に届けたかった。発送対象でなかったのと、3日間すっかり散財してしまったので叶わなかったのだけれど。
amor | 23:30 | - | - | pookmark
雨が降る
 春の雨はいつものように私の頭を濡らした。塵芥や道路わきの植物の噎せ返るような甘酸っぱい匂いに、郷愁を感じながら私は家路を急ぐ。
 
 最近、何も書きたいことがなかった。どうしてなのだろう、と思うこともなかった。楽器も弾かず、おしゃべりだと思っていた指さえ動かそうとしない。伝えたいことはないのか、今日は眠る時間が来る為までに、時間を過ごした、そう、ただ明日がくればいい。
 明日も「一日が終わった」と、眠りたいから。夢なんかいらない。カラフルなのを、たくさん見るけど。

 ふと立ち止まると、今の自分に対して、価値を失うことをできる限りやっている。週末以外の日常生活を苦悶のように行うことが、今までの自分への戒めだと思っていたのかもしれない。苦しいのは素晴らしく、楽しいのは怠慢。
 
 青い鳥は家に帰るとおりました。私は特別な渓流や、高山に行かないと、ソレには会わないと思っていました。しかしいたのです。いつも置いてある場所に、毎日見ている場所に。

 春雨は愚者の頭を静かに濡らす。
amor | 23:05 | - | - | pookmark
いつも友チョコありがとう


 今年も我が家に、バレンタインのチョコレートがやってきた。
美味しいチョコと美味しい紅茶が包まれた便箋。

 ありがとう♪
amor | 14:22 | - | - | pookmark
にゃんこの


http://www.youtube.com/watch?v=-Xf2LAFdbMI
 悲惨なニュースの中こういうのがあると救われるね。
 
 犬にはめがねがよく似合うなあと思っていたけど、それは鼻の長い種類に限る。
にゃんこには帽子がよく似合うことがこの画像でよくわかる。

 ああ。
 私の横にいつもにゃんこかわんがいたらな・・。
amor | 23:47 | - | - | pookmark
Feliz ano novo!
 皆さんこんにちわ。そしてあけましておめでとうございます。

 あくびちゃんの「腹心の友」レオナと言います。
かなり私って可愛いでしょ。


 だけどあくびちゃんが新しい携帯を使いこなせていないおかげで、せっかくの美貌がボッケボケ・・。

 せっかく私の自慢のスリッパを皆さんに見てもらおうと頑張っているのにぃ!


 ま、ガムもらえたから、よしとしまーす。


 皆さんはどんな2007になる予定ですか?
私はねぇ・・何はなくとも「自然体」これです。


 では今年も私にほねっこを・・じゃなかった、あくびちゃんをよろしくおねがいしま〜す!
amor | 22:37 | - | - | pookmark
募集と、どうぶつたち
 まず連絡まで。
知人が長居公園で子猫を保護しました。当時は目やにが凄かったけど、今は回復しております。
 女の子で可愛いです。どなたか貰ってくださいませんか?
 猫は15年くらい生き、その間、獣医にかかるお金やご飯代も馬鹿にはなりません。どうか最後まで愛と責任を持って飼ってくださる方・・よろしくお願いいたします。



 私は普段、感謝から遠い人間だと思う。ルサンチンマンとしての意識は高いので、世間を自分の環境を、よく呪う。
 しかしこのサイトを見て、人間としての皮をかぶって、何が出来るのかを考え込んだ。
皆さんも良かったら見て下さい。非常に辛い画像ですが。
 見るべきとかは言えません。でも・・見ても良いのではないでしょうか。
 毛皮の実態
amor | 23:19 | - | - | pookmark
姫になる
 これからの、あくびのテーマは「姫になる」ということ。
33だけど、絶対なってみせようと思っている。

 どうしてかというと、今の職場は男性二人にあくびが1人、愛されキャラでないと勤まらないと思うのだ。もうすぐ退職する女性はホント可愛く、しかし仕事や気配りは誰よりも勝る。

 学生時代、世の中を知らなさ過ぎる為、そう呼ばれたこともあったけど、これからの姫キャラは作りこまないと出来ないのは重々承知。
 ・・この心の上にノッカっている重く見える「防御」を取っぱらったら出来る気がするのよ!!!!
 ま、無理せず本来の天然キャラにスキルを組み合わせたら出来上がるんじゃないかしら?
 
 ちょっと不安だけど、イメトレからね♪

 まづ、は部屋中ピンクとフリルで充満させ、部屋着はカウチンセーターから、おねぐにし、毎日シャンパン飲んで、煙草はキセルみたいなんにするか。 
amor | 23:59 | - | - | pookmark
大切なことは出発することだった
大切なことは、出発することだった。

浅き川も深く渡れ。

目に見えるものに価値を置く社会と、目に見えないものに価値を置くことが出来る社会の違いをぼくは思った、そしてたまらなく後者の思想に惹かれるのであった。

人間の為でも誰の為でもなく、それ自身の存在の為に自然が息づいている。その当たり前のことを知ることがいつも驚きだった。

オーイ、時間よ、子どもの頃のお前にもう一度会いたいね。

あらゆるものがどこかでつながっているのさ。

あわただしい人間の日々の営みと並行して、もう一つの時間が流れていることを、いつも心のどこかで感じていたい。

まだ幼い子どもを見ている時、そしてあらゆる生き物たちを見ている時、どうしようもなくひきつけられるのは、今この瞬間を生きているというその不思議さだ。

人の言葉ではなく、いつか見た風景に励まされたり、勇気を与えられたりすることがきっとあるような気がする。

最後に意味を持つのは結果ではなく、過ごしてしまったかけがえのないその時間である。

自然の終わりはいつも何かの始まりである。

ハクトウワシ、
ぼくがこの森に近づいてくるのを、ハクトウワシはじっと見ていたのだ。

これからどんな旅が待っているのか自分自身にも分かりません。が、どれだけ長い時間をひとつの土地で過ごそうと、まだすべては見ていないという心の白地図だけは、いつまでも持ち続けたいものです。


いつかお前に会いたかった。

幸福を感じる瞬間とは、ありふれていて華々しさのない、たまゆらのようなものだった。

風こそは、信じ難いほどやわらかい真の化石だ。

寒いことが人の気持ちを暖めるんだ。離れていることが、人と人とを近づけるんだ。

遠い昔に会った誰かが自分を懐かしがっていてくれる。それはなんと幸福なことだろう。

かけがえのない者の死は、多くの場合残された者にあるパワーを与えてゆく。

人はいつも無意識のうちに、自分の心を通して風景を見る。

「ヘレン、人生の中で一番大切なことって何?」彼女は迷わず答えたものだ。
「友達よ」と・・・・。
僕はこの言葉を一生忘れないと思う。

偶然の一致に意味を見出すのか、それとも一笑に付すか、それは人間存在のもつ大切な何かに関っていた。その大切な何かが、たましいというものだった。

人と会い、その人間を好きになればなるほど、風景は広がりと深さを持ってきます。やはり世界は無限の広がりを内包していると思いたいものです。

人は生きているかぎり夢に向かって進んでいく。夢は完成することはない。しかし、こころざし半ばにして倒れても、もしその時まで全力を尽くして走りきったならば、その人の一生は完結しうるのではないだろうか。

一頭のクマを見たことで、あたりの空間は突然ひとつの意味を帯びてくる。それが極北の自然だった。

アラスカの自然を旅していると、たとえ出会わなくても、いつもどこかにクマの存在を意識する。今の世の中でそれは何と贅沢なことなのだろう。クマの存在が、人間が忘れている生物としての緊張感を呼び起こしてくれるからだ。もしこの土地からクマが消え、野営の夜、何も怖れずに眠ることができたならば、それは何とつまらぬ自然なのだろう。

どこにいようと、すべてのものに平等に同じ時が流れている。その事実は、考えてみると、限りなく深遠なことのような気がしてくる。

さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉ではなく、いつか見た風景に励まされたり、勇気を与えられたりすることがきっとある。

時々遠くを見ると、それは現実の中で悠久なものとの出会いを与えてくれる。



人間がもし本当に知りたいことを知ってしまったら、私たちは生きてゆく力を得るのだろうか。それとも失ってゆくのだろうか。
そのことを知ろうとする想いが人間を支えながら、それが知り得ないことで私たちは生かされているのではないだろうか。

その人間のもつ世界の広がりは平面の距離ではなく、しわのようなものかもしれない。どれだけたくさんのしわを持ち得るかなのかもしれない。そんなに遠くへ出かける必要はないようだ。
アラスカを13年旅してきて僕はやっとそのしわの存在に気付いた。

もし本当にやりたいことがあって、少しでも可能性があるならば、とりあえずいっぱい突っ込んでみたい。もしはね返されたのなら、それはそれで何かを学ぶことが出来るはずだ。

たとえ親であっても、子どもの心の痛みさえ本当に分かち合うことはできないのではないか。ただ一つできることはいつまでも見守ってあげるということだけだ。その限界を知ったときなぜかたまらなく子どもが愛おしくなってくる。

                            星野 道夫(写真家)
amor | 21:22 | - | - | pookmark